ワイドベルトサンダーの役割

ワイドベルトサンダーで仕上げるのと電気鉋や手鉋で仕上げるのにどれほどの違いがあるか?おそらく仕上がり面から見るとどちらも変わらないでしょう。であれば、労働力のいらないワイドサンダーの方が合理的ということは目に見えたことです。おそらく外見もどちらも同じでしょう。ではなぜFDY工房では普通にある電気鉋を使うのか?一番の理由は設備にかけるスペースと予算の問題です。しかし負け惜しみに聞こえるかもしれないがここで私が言いたいのは、作るよろこびであり、労働のよろこびであります。確かに産業革命以来、人間は工業生産という高度な技術を獲得することによって物質的豊かさを享受できるようになりました。そしてコンピュータの発明によるIT産業に移行する中で、人間は重労働から解放されました。しかし高度化した現代に至って、一方で本来あった労働の喜びを失うという問題に直面するようになったのです。その例がこのワイドベルトサンダーに見られるのです。私が最初にワイドベルトサンダーの実物を知ったのは皮肉にもイギリスでのことでした。職人が重労働から解放されたのでしょう、よろこびあふれる顔でウィンザーチェアのシートをこんなに簡単に処理できるぞと言わんばかりに機械に挿入しておりました。最近では数年前になります。ワイドベルトサンダーのある工房での作業場を見学させていただく機会がありました。すると巾が1メートル近く長さ3メートルの長尺の材木(盤木)が、数人の若者の力でワイドベルトサンダーに運ばれていました。その後出てくるときはほとんど仕上がった状態になっていました。人は部材を運ぶだけ、大勢の若者が材木を運ぶだけで仕事が終わるのです。昔話で恐縮ですが、昔であれば、多くの若者がまわりに集まって汗をかいたことでしょう。なかには鉋の刃研ぎの練習になったことでしょう。あの信貴山縁起絵巻の作業風景が思い起こされます。
イメージ 1それとは正反対に簡単に終了してしまう現場を見て、ある人は感銘を受けるかもしれませんが、私には機械が主役で人間が従の関係に見えましたが、そういう風に見えるのは私だけかもしれません。振り返って見ますといつの間にか機械と人間の関係が反対になってしまっていませんか?汗水流して得られる私どもの世代の労働の喜びがどこかに封印されてしまっている現実に唖然とさせられたものです。お金に替えられない喜びというものからイメージ 2
見放されてしまった現代の若者の行き着く先があやぶまれると思うのも私だけかもしれません。私には若者を骨抜きにしてしまう機械に見えましたが、当の若者たちは結構楽しそうにしておりましたので、うがった見方の好きな私のかってな取り越し苦労でしょう。ともあれ私は1日、材木と格闘して汗水たらして得られる労働の喜びをこの齢73にして享受しております。この満足感を伝えるにはどうすれば良いのか?こればかりは実際に体験していただかなければ伝えようのないことに気づいて残念に思う次第であります。

こうへいのひとりごと 2015.10.26


イメージ 3ワイドベルトサンダーの場合と電気カンナで削る場合との仕上がり面は、実はワイドベルトサンダーの方がはるかに優れています。最近の高級なものであれば、その後速、塗装ができるほどです。その点、電気カンナの場合は鉋の痕が残るし、スジが残るし、あとの手鉋仕上げも大変です。設備のスペースと予算があれば是非揃えたいものです。しかしシートの尻型を臼彫りチョウナとモッタ(船大工用)で削る(抉る)ことはFDYの方法として厳守してイメージ 4いきたいと考えております。なぜかと言うと、ハンドメードの味と機械の痕の違いは一般の方にはわからなくとも不思議なほどわかるものなのです。機械織りと手織りの違いがクロートさんにはわかるのと同じこと、昔の日本人は一般の人でもそれを見抜けるほど木の文化に接しておりました。なぜなら身近に大工の名人の仕事を目にする機会がいたるところで見られたからです。これは現代では建築から家具まで、あらゆる機械加工品に囲まれ、美しく格好の良い機械美に馴らされている現代人の宿命と考えていただいて構わないと考えております。だからこそFDY工房のハンドメードのウィンザーチェアの味わいを後世に残し、引き継いでいくということに意味があるのではないかと考えいる次第であります。

こうへいのひとりごと 追記 2015・10.27

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