明治日本の産業革命遺産の世界遺産登録を勧告に思う

明治日本の産業革命遺産が世界文化遺産に登録される見通しとなった。という記事が新聞テレビを通して報道されるや、連休中に各地の施設に観光客が押し寄せた。大変めでたいことであるが、それではなぜ、あのころ、そういったものをもっと大切にしなかったのか?無慈悲に壊していったのか、齢を取ると昔のことが良く思い出されるというが、先の富岡製紙工場跡にしても、こういった報道が過去の反省なしにもてはやす昨今の風潮に警鈴を鳴らしたくなる。過酷な労働のあげく、リストラに会い不要な長物として、捨て去られてしまったもの、その中でかろうじて残されたものだった。それは遺産というより、取り壊すのにも費用がかかり過ぎるとして残されたものではなかったのか?もっと重要な残すべきものがあったのではないか?不要となったものは容赦なく切り捨てられる。それは形を変えて今も変わってはいないのでは?弱者が無慈悲に切り捨てられてしまう風潮、ひところに比べれば障害者や老人介護に関心が向けられるようになったのは良いが、それを免罪符にして健全な若者が働く場所をなくし、容赦なく首を切られていく昨今の風潮は産業遺産群が活躍していた当時の
労働者が過酷な労働条件のもとで働かされていたのとさほど変わりはないように思われる。しかし昔は働く若者が大勢いた。働く喜びがいたるところにあった。そういったものを思い起こすモニュメントとしての遺産であれば良いが、今の時代どれほどの若者にその実感を伝えることができるだろうか?当時を振り返ると、なんとも無慈悲なものにみえてくるのだ!職人の世界も同じ、昔大活躍していた機械が眠ったまま、あるいは放置されたまま、職人復活はそれらの機械の復活でもあり、当時の世界を体感できる機会でもある。多少過酷であっても労働の喜び、ものを作り上げる喜び、現代の若者が失いかねないものが職人の世界にはある。それを大川家具職人塾のプロジェクトを通して味わってもらいたいものだ・・・・
2015.05.07 こうへいのひとりごとより

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