私の考える職人とは

職人という言葉を国語辞典で引いてみると1.大工・左官・建具師などの総称 2.手先を上手に使って器具を作ることを職業とする人 3.技術の上で器用だというだけの人(芸術家というより職人だ)とあり、世間で思われているほど良い表現とは言えない。特に3.は芸術家より劣るという表現に見えるが、ただ単に仕事をする職人から優れた仕事をする人まで幅広いのが職人であって、芸術家より劣ると取るよりも、むしろ芸術家より技術に優れていると取った方が妥当かもしれない。1.に関しても、大工や左官にかぎったものではないし、現代では料理人や機械工や修復師など多岐にわたる。なかでも木で物を作る人は匠と呼ばれるとあるが、匠とは昔、大工のことで高貴な職であった。
ネットのWikipediaでは「自ら身につけた熟練した技術によって、手作業で物を作り出すことを職業とする人のことであるとある。現代では庭師・表具師・指物師・鳶職・畳・瓦・竹芸・漆など、とある。また職人でも極めた人はマイスターであったり、芸術家と呼ばれたりする。
本来、職人はそれを仕切る親方のもとで仕事をこなす分業の一部を担当する技術者であった。日光の東照宮やお城がわずか2年や3年で出来上がる江戸時代には、町は職人で成り立っていた。すべてを仕切る棟梁のもとに全国に職人組織が配備されていた。だから全国どこの城下町にも同じような職人集団があり、それはヨーロッパでも世界共通で、町衆のほとんどが何らかの仕事にかかわっており、クラフトマンであり、アルチザンであった。近代になって、工業化が進むなかで労働者が都市に集中するようになり、職人は労働者の中に加えられ変質していった。ようするに工業化によって仕事が単純化することで、職人ではなく単なる労働者で良い存在となっていった。今では都市は労働者とサラリーマンの町へと進化している。現代になって職人が叫ばれるようになった背景には高度な機械化によって職人が必要でなくなっていった反動と考えられる。一方で技術が単純化したことで一般庶民の求める手習い的技術習得や芸術家集団がそこかしこに現れ、一般の人達が技芸を楽しむことができるようになっているのも現実である。ひところアーティストという言葉がもてはやされたことがあったが、近頃は職人と呼ばれることの方が多くなった。めったに到達することができなかったスペシャリストの世界が平均化することでゼネラリストと言われる学卒に置き換えられていった。本来ジェネラリストとはスペシャリストとしての職人の上に立つほんのかぎられた人であったが、現代は職人と言われるスペシャリストがすくなくなる一方、学卒のジェネラリストがもてはやされだしたのである。そこには職人などのスペシャリストの本当の姿を見ることができなくなったことが考えられる。その結果、学卒が一時流行ったアーティストと呼ばれたり、現在では、職人と言われるようになったと考えられる。本当の職人とは親方の元に弟子入りした徒弟制度の上になりたつもので、習い事や専門学校や大学でできるものではなかった。職人の原点に立ち返り、家具職人は分業システムをよく理解してそれぞれの役割をきちっと経験を積んでおくことが重要である。食うためには現実路線を歩むのが一番であるが、本当の職人とは言えない。良いものを作るために職人を目指し、結果食うことに繋がることを望む人で、職人気質といわれたような考えが理解されることが重要である。そうは言っても現実には売れる家具を作らなければ喰っていけないし、会社であれば倒産してしまう。倒産してしまえば元もこうもなくなるではないか?この原理がまかり通っているかぎり、理想の家具作りは無理であろう。どうどう巡りとなってしまうが、ではどうすればれ良いのか?二本柱で行く、早い時期からそうしなければならなかったのであるが、そんな悠長なことをしておれるものではなかったというのが現実であった。今からでも遅くはない。本当の家具作りの現場を再現して現代の職人を育てる、と言うよりも育つと言った方が良いかもしれない、それが今回の「大川家具職人塾」ではないかと私は考えているが?・・・・・
2015.04.03 こうへいのひとりごとより

職人気質:
 実直で、仕事に精魂を傾け、一徹に自分のやり方を通すなどの気質
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