昔、(大工道具屋)の話

昔の話、今から47年前の昭和43年のこと、大川でお世話になった家具メーカーの近所に職人に人気の道具屋があった。若い職人仲間に教えてもらって赤樫の寸八鉋を買ったことがあった。逆目防止のための裏金のこと、鉋のかけ方などを丁寧に教えていただいたことを思い出す。あまり懇切に教えてくれるので逆に敬遠する職人がいるほどであった。自分のプライドを傷つけられると思ったのかもしれない。その後、大川を離れた後も熱心な学生には必ずその道具屋を紹介することにしていた。ご高齢でもあったので、まもなく店を終うといううわさを聞いていたが、ある時お店がなくなり、いつしか昔話になっていった。私はその後、国際コンペや東京の公募展に毎年出品するなど創作に励んだ。その頃、私の削った鉋屑は大川時代から合計すると教室何杯分もの数になると豪語していたほど台鉋は私の作品につきものとなっていた。しかし20年ほど前からウィンザーチェアの研究にシフトして行く頃からその頻度も減っていった。それでも依然ー道具と人間の関わりについてーというテーマはウィンザーチェアの製作の中に息づいていた。退職後、このFDY家具デザイン研究所を立ち上げるにあたって工房に木工機械を導入、奥津光広(FDY工房代表)と工房活動を始めた頃、椅子を組み立てるために大型のハタガネが必要になって、ネットで探し求めたところ、ある道具屋を見つけて購入したことがあった。あるとき遠方まで家具を納品する機会があり、途中、その道具屋に立ち寄り、店主に会うことができた。その店主が大川時代のその道具屋で修行したという、お弟子さんだったということを聞いて信用できる道具屋であることを確信したのだった。その後いくつかの鉋を買ったりしたことがあった。今年の2月になって桧の家具に鉋をかけるにあたって、「鉋の話」をブログにUPすることを決めて、昔の論文を引っ張り出したり、ネットで検索したりしているうちに店主のブログに遭遇したのだった。そこで「削ろう会」に関わっていたことを知り、以前誘われたこともあって、改めて店主の活躍に注目したしだいであった。今回そのブログで「削ろう会」にも鉋の奥深さが伝えられていたことを知ったしだいであった。店主のHPの道具の種類から使い方まで懇切丁寧な説明は、昔の道具屋のことを知っている私には親方譲りではないかと感心するしだいである。ただ、昔の職人だったら、自分のプライドもあるので、敬遠されたかもしれない。「直ぐ使い」にされてしまうと、かえって人だのみになってしまわないかと危惧するが、今の時代には必要であって、欠くことのできない存在になられていることに恐れ入ったしだいである。大工道具の購入で迷っておられる方がいたらお薦めである。

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昭和43年大川で購入した赤樫の寸八鉋

大工道具の曼陀羅屋

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