大川家具職人塾の講師を引き受けることになりました

昨年の暮れのこと、振り返ると20年に及ぶウィンザーチェアの研究もカブリオール脚のウィンザーチェアを作ることで一応の終始符をうつことができて、年賀状も出し終わってほっとしていた矢先、大川商工会議所の副会頭から突然電話をいただき、なんの話かと思いきや大川の地域興しのプロジェクト委員長と共に研究所を訪ねて来られて、今回の塾の名称もまだきまっていない段階でしたが、講師の依頼を受け、引き受けたしだいでした。私は以前大川家具の新製品開発コンクールや華胥の夢博などの審査委員長を歴任させていただいていた頃より、大川には職人学校のようなものが必要だという考えをいだいておりました。しかしそれを言い出す機会を持てずに退職を機会に後進に譲り、その後大川との関わりもなくなり、もはや時期を逸してしまったかと思っていたところで、とまどいながらも、お二人の熱意と私の想いが重なり、一つ返事で引き受けさせていただいたしだいです。私が言い出せないでいたのは、私一人の力でどうなるものでもないということがわかっていたからです。おそらくこの職人塾も大川の家具にかかわる方々のバックアップとコンセンサスを得ることができなければ一つのイベントとしてわずかな期間で終ってしまうことでしょう。今大川家具はプロローグにもありますように大変な時期にあります。昔の職人が大勢働いていたころの活気を取り戻す必要があります。多くの危機を乗り越えてきた底力を今こそ発揮する必要があります。21世紀はグローバルの時代です。その底力も大海を知らずにお終わればなんの取り柄にもなりません。副会頭の言葉を借りれば5年後のオリンピックを控え、世界に発信する家具を作れる人材が求められています。大川の家具はある時期から家具をプロダクト製品として大量に生産し、一時は大川の隆盛の時期を迎えました。しかし本来家具は、大量消費するようなものではありません。家電などとは違い文化遺産の一つになるくらいなものでなければなりません。その文化遺産になり得る家具は職人の手が加えられてこそ創られるものです。一方で工業生産品としての大川家具のブランドも世界に向けて発信していかなければなりません。名品と言われる家具はデザイナーと職人のコラボレーレーションで生まれたものが大半です。職人塾はその下支えとなるものでもあります。そういう意味で、これは、日曜大工(DIY)や趣味や木工作家の養成とは一線を画するということです。また一般に募集されている職人塾とも異なります。幸い大川にはまだまだ家具産業をささえるいろんな業種が残っています。人材が育てば即、製品化に取りかかれる準備を整えつつあります。今回できれば経験のある方が良いのですが、初心者であっても家具に情熱をもってある方であればだれでも応募できます。
さて内容についてです。
現在我が国では職人はいなくなったというわりに、職人の掛け声はいたるところで耳にします。雑誌などのメディアを通して家具を個人的に作っている作家や日曜大工(DIY)など自称職人も多く目につきます。しかし過去となってしまった本当の職人の姿を見ることはできません。家具は日曜大工(DIY)でも少し器用な人であれば椅子の1脚や2脚は誰でも1年あれば作れるようになります。しかし本当の家具作りとは整然とした分業システムの中で作られものでなければなりません。40年くらい前まで大川にはそういったシステムの中で働く職人さんが大勢いました。私はその大川における家具生産の現場を体験した経験を持っています。当時の生き残りの一人と自称してもかまいません。そして英国ウィンザーチェアを研究するためにイギリスを訪問した経験があります。イギリスのウィンザーチェアが誕生したハイウィカムという町を訪ねて実際に職人が働いている現場でウィンザーチェアを作る経験をしました。そこでまず思い出されたのがかつての大川の同じ雰囲気でした。それらの経験をこの機会に披露し、伝えていく機会にしたいと考えております。

カリキュラムは経験者と初心者にわけるべきだと考えています。
初心者には以前大学で学生諸君を指導してきた内容を含め、指導していきます。
経験者には、実際に製品を作る過程を体験します。即販売可能なものを指導します。

最後に私の理想とする職人塾とは、家具に関心のあるひとならば誰でも、そこに集まり情報交換のできる開かれた所でなければなりません。そうなるためにはまず、職人が育たなければ、ただのおしゃべりの場になってしまいかねません。楽しさの中に厳しさのある。そういった才能の集まる場所を期待しております。

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