鉋の話 1.


先回、鉋の話になるときりがないと言った。つい言いたいことがあふれて来る。私が学生の頃、昭和40年前後のころまで、木工に関する本はほとんどなかった。木工の仕事は大工と言われていた。大工と言えば両極端に解釈されていた。一方で左甚五郎の話が出るように難しい未知の世界と思われていたが、一方で小学校、中学校あがりが丁稚奉公する世界としてとらえられていた。私が美術科の工芸で木工を専攻したのは染色や窯芸、金工と経験したなかで、木工が一番心にひびいたからだが、そのころ大工仕事は芸術工芸のコースとは別のように思われていた。現在でもその風潮は残っているようだが、なぜかどこにいっても木工というと、美術工芸とは別視される。最近では木工作家なるものが増えたこともあって、芸術家のように思われているふしもあるが、職人をうたっているものもいるし、あいまいである。このブログのどこかで職人が美化されている話をした記憶があるが、職人は芸術家ではない、しかし芸術家になれるのは職人である。それは昔から芸術家と言われるひとは職人のような仕事ができた人であって、最初から芸術家であった人はいまだかつて居たためしがない。こまるのは大学に美術工芸なるものができたことで、最初から芸術家を名乗れるようになってしまったことにある。芸術家でもない若僧どうしで、木工は芸術ではないと言ったり思い込まれていたことに問題ある。木工をかじっただけのものが芸術家ではないと言われるのは当然であって、同じ程度に芸術家でもないものが芸術家と思っている方がおかしいのであるが、そのことに気づいていないのである。まったく若気のいたりと言いたいところだ。昔は木工家というのは少なかった。しかし昨今、木工家が増えることで、芸術家を名のる木工作家が増えてきた。本人はそうとは言わず職人を名乗る人も居るが、メディアがそれを許さない。変におどらせれるといい気になっても不思議でない。気を付けた方が良さそうだがよけいなお世話と言われかねない。
以上、こうへいのひとりごと
 さて前置きが長くなってしまったが、鉋の話に戻りたい。私が鉋を使い始めたのはもちろん学生時代である。以前、自宅に一応の日曜大工のために鉋とノコは置いてあった。高校の頃、鳩を飼ったことがあったが鳩のことより鳩小屋作りに奔走したことがあった。小さいころから工作が好きであったことが木工を選んだことに繋がったのかもしれない。鉋がうまく使えない、逆目がどうしても防げない、鉋をうまく使えるようになりたいというのが、卒業後、家具の町大川のメーカーを紹介していただいた目的の一つでもあった。話が長くなりそうなのでこの辺で次回に・・・・

この記事へのコメント