ウィンザーチェア物語  ウィンザーチェアについて

ウィンザーチェアについて
現代デザイン、とりわけ機能主義デザインに多くの影響を与えた家具の一つに英国ウインザーチェアーがあります。17~19世紀にかけてイギリスで誕生した家具で、手工業から工業生産へと移り変わる中で、その形態も変化して行きますが、2百年以上にわたってウィンザーチェアという名で今なお人気を持ち続けています。font>
英国ロンドンの西郊外、ウインザー地方のさらに北西の位置にハイウイカムという町があります。昔この地方はチルターンズと言われる楢やブナ、楡(ニレ)、トネリコ、などの原生林におおわれていました。イギリスには17世紀頃まで、いたるところにそういった地方が存在していました。17世紀前半までのイギリスにおける家具はロンドンに集中した家具メーカーの集団によって生産されていました。そのほとんどは主要な国産材のオーク材を加工するジョイナー(指物師)の工房で生産されていました。ところがロンドンの中心で、家具生産に従事していた指物師たちの中に当時のトレンドについて行けない職人が、17世紀後半あたりから、中心地を離れて郊外の森に住むようになります。当時田舎(カントリーサイド)では従来から村の車大工やクラフトマンによって柵や車輪などが作られていました。いわゆる昔からのイングリッシュバナキュラーファニチャーと言われるものがありましたが、彼らはロクロの技術を生かして、カントリーチェアと呼ばれる椅子を生産しはじめたのです。ウィンザーチェアはこのカントリーチェアの一つで、テームズ川周辺に集まった職人集団によって作り始められたイギリス独特の椅子です。やがてハイウイカム地方に集中して、マニュファクチャーを形成していったのです。そこで生産され、丈夫で廉価な椅子のことを、当時財産として価値のある高価な家具と区別してなかば軽蔑をこめて、ウィンザーの方からくる安物の家具、ウィンザーチェアーと呼ぶようになったと言われています。18世紀初期に宮廷人達が使うガーデンチェアがあり、風雨に耐えるためにダークグリーンに塗りつぶされていました。その中にウィンザーチェアの原型が見られます。やがて産業革命の進展と共にロンドン郊外においてマニュファクチャーの行き届いた生産システムにより大量に生産されるようになると、中産階級のための郊外住宅の中や、バーやクラブ、あるいはオフィスに急激に普及していきました。19世紀後半には機械生産による工業生産化が進むとともにその形態にも変化が現れ、20世紀にはウィンザーチェアのかつての姿は幻と言われるほどになりますが、ウィンザーチェアという名の椅子は大量に生産される家具として世界に広まって行きました。
注:当時、王侯貴族の豪華な一品生産の家具と比べて分業による量産によって作られるウィンザーチェアは安物家具と言われたかもしれませんが、今日の大量生産による工業生産の安価な家具とは比較にならないものだったと考えられます 
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ゴールドスミス・ウィンザーチェア
 
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