[ウィンザーチェア物語]を書くにあたって


ウィンザーチェアの形態研究に取り組んで20数年がたち、実際に作り始めたものが結果的に17、18世紀当時の
ウィンザーチェアの復元へと向かうのは当然の成り行きでした。その全容が明らかになるには15
脚を複製する必要がありました。その間2012年には共著のさそいを受けて「ウィンザーチェア大全」を発刊するまでに至りました。しかしその間にもウィンザーチェアの複製は継続中でした。それはなぜかと言いますとカブリオル脚(猫脚)のウィンザーチェアはイメージ 1私の作ではなくスティワート・リンフィオード社の製品(コムバックアームとボウバックアームの2脚)だったのです。この時点ではカブリオル脚の椅子はウィンザーチェアの中で例外的なものだと考えていました。以前に一度、カブリオル脚のウィンザースツールを作ってみることで、その構造と作り方は理解できておりましたが、2013年の1月に再度検討し直した結果、カブリオル脚がウィンザーチェアの発展過程に欠かせないものだということが明らかになったのでした。そこでカブリオル脚のコムバック・アームチェアとボウバック・アームチェアも私自身で制作することにしたのでした。したがって「ウィンザーチェア大全」を編集するころには私の作ったウィンザーチェアはまだ13脚に留まっており、全容を公開する段階にいたっておりませんでした。カブリオル脚のウィンザーチェアは「益子参考館」と「家具の博物館」のボウバックとコムバックのアームチェアとスティワート・リンフォード社の製品にかぎったものとなったのです。その結果ウィンザーチェア16脚(ウィンザースツールを含む)がそろい、その全容が明らかになったのは2014年の1月こととでした。以前から全容がそろった段階でいずれ「英国ウィンザーチェア」のまとまったものをと考えておりましたが、今日の出版会にはきびしいものがあります。広く大衆に受け入れられるものでないと難しいというのです。しかし本当のウィンザーチェアの世界を今だからこそ知っていただきたい。決して私個人の好みの世界ではなく、多少大げさな表現になりますが、失われていった職人の世界を後世に残すものでもあります。高度に発達した機械のおかげで、なんでも簡単に作れるようになり、自由になったものの、人間疎外が問題化しています。人間性を規範としたものつくりの世界を現代に復活するために長年かけて実体験したことを今明らかにする。現代人が失おうとしている、いや、すでに失ってしまったかもしれない道具と人間とのかかわりについてウィンザーチェアを現代に復活させるプロセスをとおして考えていきたいと思うしだいです。個性的で斬新なデザインの木製家具はメディアをとおして多く知られているものの、メディアに閉ざされてほとんど知られていない職人の血と汗の上に作られてきた本当のウィンザーチェアがあるのも現実であります。いずれその扉が開かれる時が来ることを確信しつつ、今回このブログに次から「ウィンザーチェア物語」という連載の形で、”こうへいのひとりごと”をおりまぜながら記録集としてまとめていきたいと考えております。ずいぶん過去のことになりましたのでデータをさがしたり、思い出したり、不明瞭なところが出てきたり、どのような展開になるのか!こうご期待・・・・といいたいところです。
 2014.10.22
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FDY工房制作コムバック ウィンザーチェア
 
 
 

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