手作業だけが残ってしまった家具製造の現場


今では手仕事は手作業と手加工に分けられてしまいました。本来手仕事には手加工も含まれていたはずですが、工業生産品の加工が進歩するにつれてその違いが明らかになってきたのでした。
   先日ある家具メーカーのサイトをみていましたら、職人の丁寧な手仕事で仕上げられたと書かれていました。あたかも手加工のようです。しかし製品は立派なデザイナーブランドの製品ばかり、手加工でつくられたものはほとんどみられませんでした。手作業は職人がいなくともできますが、手加工は職人の技術に支えられて存在します。工業化が進んだ結果、結局手仕事(手作業と言うべき)は最後まで残りましたが、職人の技術に頼っていた手加工は機械に取って代わられてしまったのです。現在では高度に機械化された工場でほとんどの加工を終え、最終の手仕事だけは人間の手に頼るしかないために、職人の技と言われながら機械で削った後をきれいに仕上げ組み立てる役割を担っているというのが現実であります。職人が本当の技量を発揮できる機会を失った結果、日本の伝統的大工道具の代表格の鉋がけにいたっては、昔、職場で空き時間に削り具合の技量を競ったりしていたものが、今ではいかに薄く削れるか!一種のスポーツ大会で薄削りを競い合いに様変わり、日本の鉋削りの伝統を引き継ぐ役割を果たした功績は大きいものがありますが、現実の作業場では出番はなく職人さん職人さんとおだてられながら単純作業を任される。今では職人がいなくてもデザイナーとハイテク機械があれば充分立派な家具が作れると言って過言ではありません。そろそろそのスパイラルからぬけ出しても良さそうですが、利益追求が至上命令であっては育てる時間がないというのが現実です。昔、日本は職人の技量で支えられていました。それは世界に誇るものでした。先々代が何十年も掛けて作り上げていた職人達の誇りある家具生産現場を取り戻す必要があります。そこでしか作れない家具があったはずです。機械設備に頼って他社と違う個性的な家具をと思って競ってきたものも、おしなべて見てみますと同じような現代家具でしかないのであります。全てを転換する必要はありません。 まず手始めに職人見習い4,5人前後で良いのです。工場の一郭で良いから手作り工房を作り職人を養成する。それが私が昔から考え主張してきたことであります。FDY実験工房ではここ6年で職人にふさわしい仕事ができるようになっておりましす。今からでも遅くありません。逆に今だからこそその必要性が出てきているのではないでしょうか・・・・・
こうへいのひとりごと  2014.10.02
2016年12.03 一部修正

柳宗悦は昭和17年~18年頃に執筆された「手仕事の日本」の中で最初に以下のように述べています。
西欧では機械の働きが余りに盛んで、手仕事の方は衰えてしまいました。・・・・・それで各国とも手の技を盛り返そうと努めております。
なぜ機械仕事と共に手仕事が必要なのでありましょうか。機械に依らなければ出来ない品物があると共に、機械では生まれないものが数々あるわけであります。凡てを機械に任せてしまうと、第一に国民的な特色あるものが乏しくなってきます。機械は世界のものを共通にしてしまう傾きがあります。それに残念なことに、機械はとかく利得のために用いられるので、出来る品物が粗末になりがちであります。それに人間が機械に使われてしまうためか、働く人からとかく悦びを奪ってしまいます。こういうことが禍いして、機械製品には良いものが少なくなってきました。これらの欠点を補うためには、どうしても手仕事が守られねばなりません。・・・・
2016.11.30 追加加筆

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