日本人としての道徳心や人間としての規範について

久しぶり、こうへいのひとりごと
NHKNアーカイブス「小泉八雲の世界」の番組を見た。日本人の自然への畏敬の念など忘れ去ってしまったものがいかに多いか、現代にいたっては、日本人であることを放棄してしまったのではないかと見まがうほどである。
何百年という間に培われた日本人としての道徳心や規範も、戦後わずか数十年で失ってしまったのではないか?これが戦後最大の問題であったのではないか?しかし常に政治と経済のはざまでなおざりにされてきた。中国や韓国の急成長の姿を見ていると結局日本のやってきたものが現れ方の違いはあるものの見えて来るようである。環境汚染とか有害食物とか対岸のこととして見過ごすことはできないはずである。同じ歩んだ道ではないか?日本はその先進国として、そろそろ地固めしなければならない時期に東北大震災という教訓を得たはずであるが、2020年オリンピック開催を手に入れて、経済効果をあてにしたバブル景気が逆に復興の邪魔立てになろうとしている。そういった度に台風の到来のように、日本経済に神風を吹かせてくれるが、結局経済も政治も神風まかせでしかないのであろうか?このままではまた足固めの機会を失ってしまうかもしれない。日本人は海に囲まれた地理的特徴、アイソレーションの国として、何百年をかけて日本人独特の心や人間としての規範を育んできたが、その蓄えを経済的発展に反比例して使い果たし、枯渇してしまい、後がなくなってしまった。街並みにしても、もはやどこかよその国、日本ではなくなってしまったようである。   今の日本が日本なんだよ!と言われればそれまでのことかもしれないが・・・・・・・    2014.09.15        
 
※ 道徳というとすぐに右よりな考えと思われそうだが、戦後民主主義教育を確立する中で、右か左の論争にすり替えられて、道徳心とか人間としての規範などについての本質的なことが敬遠されてきたような気がする。
 
昭和17年生まれで、子供のころの田舎の風景が焼き付いてる私にとって、日本人の原風景が惜しまれてならない。たしかに不衛生で汚らしいものも多かった。戦後それら汚らしく古いものを打ちこわして、新しくしてきた現代は家具にしても建築にしても全てがきれいになった。かつて泥海と化していた海や川も見違えるようにきれいになった。しかし今や、本当に美しい日本の原風景を目の当たりにしたことのある世代の末えいとなってしまったことに気づかされるというのが現実でもある。
              2016.08.24 追記
 
 
 
 

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