職人という言葉がひとり歩きしている。

2010年12月”こうへいのひとりごと”より
言葉の発信が閉ざされていた職人の側からデザイナーの世界に言いたかったこと伝えたかったことを発信できたならと思いつつ・・・・・
職人という言葉がひとり歩きしている。職人の大半は過酷な労働と搾取のもとで一生を終えるような存在にあったことは今では忘れ去られているのではないだろうか?
職人の美化は職人自らがしたものではなかった。私が記憶するかぎりでは、昭和の40年代、団塊の世代が学生生活を終え、社会に進出していくころ、メディアをとおして、職人の世界が評論家の言葉で語られるようになった。おりしも北欧のクラフト運動の紹介とあいまって、クラフトマンの理想郷が語られるようになった。いたるところ、デパートの売り場などにクラフトコーナーが出現し、その最初に現れたのが陶磁器の工房の建設ラッシュであり、その後の木工ブームへと発展していった。一説にはそれほどの高まりは日本だけではという話も耳にする。本来過酷な職人の世界に若者が自ら飛び込むということは考えられない現象ではある。なぜならば、職人、実はそこではクラフトマンという甘い言葉が流布したことにもあるが、職人の世界は過酷な世界でありその頂点に登りつめるにはとほうもない時間が必要なたいへんな世界なのであった。当時、当の職人たちはあぜんとしていたかもしれない。お前ら若僧にそんな簡単にできるはずがない。しかしクラフトブームはそん心配を打ち消して誰でもどこでも自由に職人の手仕事が普及しはじめたのである。  2010,12.1 こうへいのひとりごとより
私はそのころ、職人の過酷な世界を垣間見ていました。当時職人は小学校か中学校上がりの丁稚奉公の末、一人前になる世界、大学出のクラフトマン、あるいは羨望の目で、あるいは不安な目で眺めるしかありませんでした。1年や2年でできるはずもないことが評論家のユートピアの世界にあこがれ、メディアの後押しもあり、若いクラフトマンが育っていった時代がありました。
したがって純粋に職人と言われる人は団塊の世代以降の学卒者にはいないということになるのです。

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