ブログを始めました。「私のオピニオン開設にあたって!」

 はじめまして!
私は2009年大学を退職後に以前から構想を練っていたデザイン工房を家具デザイン研究所に改称して、デザインと制作活動の第二の人生を歩み始めました。そうしようとしていた矢先、東京の芸術系大学に出していた末娘が卒業後、携帯の会社に勤めていた相手と結婚したのは良かったのですが、はてしない競争と配置換えやリストラの横行に見切りを付けて、急に退職を決断した婿と1才の孫を連れて戻ってきてしまったのでした。彼は将来自分の工房を持ちたいということで、私の下で職人修業をしたいと言い出したのです。私は若いころ職人の世界を垣間見た経験がありますが、一般に思われているようなユウトピアの世界と違って一人前の職人になるには大変なこと、最低5年、それも毎日、毎日、修練に追われてこれでもかと言うほどの過酷なものなのです。
私も相当悩みましたが、自宅の空き地にあったデザインのための模型や工芸品の工房に家具製造のための基本的木工機械を導入することを決断、予算の都合もあり、人の手に感触が伝わる中古の機械に限定、高度なIT機械は極力避けることを基本に12坪程度の機械場と組み立て場と塗装場を一つにまとめたようなコンパクトな工房から出発しました。最初は基本的な道具の使い方から入り、私の考案した教材を作ることから始めました。その後研究中の未完のウィンザーチェアを製作し直ししながら見て覚えるやり方(昔の職人は弟子を育てるやり方では自分の仕事を良く見ておけと怒鳴っておりました。)で始めたものですから私も大変な重労働を強いられるわけです。2年ほど過ぎたあたりで工房を娘婿名義にして4年目にはFDY工房家具展を開催できるほどになり、ほとんど彼に仕事を任せても良いくらいになりました。退職時に自分の思いなど書き溜めていたものをブログなどにしてはと思っていたことがやっとできるようになりました。
私が木工を目指したころには、もう半世紀ほど昔になってしまいましたが木工に関する解説書なるものは皆無といって良いほどでした。当時私が大切にしていた「新家具工芸家必携」森北出版株式会社くらいで家具を作れるようになるには大変なものでした。読んでもわからないことが職人になってみればわかるのではないか?デザインよりまず職人の世界を知ることだと考えたのです。当時本を書ける人といえば、学卒の学者さんであって職人が書いたものなどあろうはずがなかったのです。江戸時代はもちろん明治時代から昭和の太平洋戦争の時代までは職人の時代といって良いほどその考えが主流でした。しかし敗戦後一変します。学卒の評論家が大活躍する時代となり、大量生産の普及と価格競争のはてに職人は見捨てられるのに反比例するように職人の世界がユートピアとして語られるようになります。そういった時代に本当の職人の世界を体験し、垣間見ることができた私にこそできることがあるはず。職人になりきったつもりで家具作りに徹することで昔の職人が言いたかったこと、言えなくて悔しい思いをしていただろうと言うことなどがわかってきました。そういったことを今まで書き溜めてきたものの中から、選び出し、そこはかとなく日暮つづって行こうかと考えています。
 
FDY家具デザイン研究所ホームページ   http://www.fdyamanaga.jp/

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